2008年10月08日

文京区関口1−7

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明治時代の初め、近くを流れる江戸川(現在の神田川)に流れ着いたものを地元の人間がおまつりしたらしい。
子育て、商売繁盛の他、この地域が戦災・大火に見舞われなかったことから「火伏せ(ひぶせ)地蔵」とも呼ばれる。

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江戸川橋「地蔵通り商店街」の由来でもある。
商店街入り口の立派なお堂にお住まいです。

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お仲間もいらっしゃいます。
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2008年09月28日

中野区上鷺宮1−2

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二人は「上鷺宮の願掛け地蔵尊」
<願掛けの方法>
1.真夜中に白装束でお祈り。
2.右側の小さい地蔵を倒す。
3.大きい地蔵が、倒された地蔵を起こしてほしいために願いごとを聞き届けてくれます。
4.願いがかなったら小さい地蔵を起こしに行く(忘れないで下さい・・・)
※もちろん現在は行われておりませんので。あしからず。

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大きい子。願いを叶える方。
正徳5年(1715)に建立。
「奉供養仏講中 上鷺宮村願主 篠氏敬白」

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小さい子。倒される方。「これでギャラは同じ」とは染之助染太郎師匠。
現世だけでなく来世での幸せをも祈願した「二世安楽」の文字が刻まれている。
「多摩郡上鷺宮村 篠丈右衛門」

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2006年02月18日

世田谷区粕谷3-33

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粕谷村地蔵尊。2体のお地蔵さんと3基の庚申塔。かなり古くからこの場所にあるらしい(昭和30年頃一時移動)
現在は三叉路の中洲にある綺麗なお堂の中にある。
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お地蔵さんその1。綺麗な顔立ちです。
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お地蔵さんその2。その1に比べて劣化している。
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庚申塔その1。舟形、観音菩薩?
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庚申塔その2。駒形、観音菩薩?
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庚申塔その3。駒形、青面金剛像。
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2004年12月02日

練馬区小竹町1-18

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春風舎のすぐ近くに立ち並ぶ地蔵&庚申塔を発見。恐らく別々の場所にあったものを現在の場所に集めたものだと思われる。

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地蔵
延宝8(1680)年造立。この年は四代将軍・家綱が死に、五代将・軍綱吉に代替わりした年。

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庚申塔その1
寛文12(1672)年造立。全くの原野であったこの辺り(小竹町、当時・江古田村)が江古田村本村の人々の手によって少しずつ開墾され人も少し住み始めた頃らしい。文字と三猿。

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庚申塔その2
明和8(1771)年造立。江戸時代の明和年間は田沼政権の時代。9年になると「めいわく」となって縁起が悪いという理由から「安永」と改元された。青面金剛(しょうめんこんごう)像

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庚申塔その3
詳細わからず。青面金剛像か?






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