2009年02月20日

早川徳次(はやかわ のりつぐ)

東京地下鉄道(現:東京地下鉄)の創業者。「地下鉄の父」

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場所:地下鉄銀座駅(プロムナード中央)

1881年(明治14年)10月15日 山梨県東八代郡御代咲村(現:笛吹市)に生まれる。
旧制甲府中学(現:山梨県立甲府第一高等学校)を卒業、第六高等学校(現:岡山大学)に入学。2年の時に病気の為中退。
その後、上京し早稲田大学に入学。政治家を志し、後藤新平の書生となる。
1908年(明治41年) 早稲田大学法科 卒業。
         南満州鉄道(満鉄)入社
         後藤新平が逓信大臣と鉄道院総裁に就任。
         南満州鉄道 退社。鉄道院に入局
1909年(明治42年) 東武鉄道の創業者・根津嘉一郎と出会い、佐野鉄道(現:東武佐野線)・高野登山鉄道(現:南海高野線)の経営立て直しに協力
1914年(大正 3年) 国際事情視察の為、外遊。ロンドンにおいて地下鉄が発達しているのを目の当たりにし、東京にも地下鉄が必要だと考えるようになる。
1916年(大正 5年) 帰国
1917年(大正 6年) 浅草-上野-品川間の地下鉄道建設を目的として東京軽便地下鉄道会社の設立を申請
1920年(大正 9年) 8月29日 東京地下鉄道株式会社を設立。
1925年(大正14年) 9月27日 浅草〜上野の地下鉄工事を開始
1927年(昭和 2年)12月30日 浅草〜上野間開業(現:東京地下鉄銀座線)
1934年(昭和 9年) 6月21日 新橋駅まで延伸。
1939年(昭和14年) 8月 1日 東京高速鉄道の五島慶太(東京横浜電鉄(現:東京急行電鉄)系列総帥)との経営権争いが勃発。
1939年(昭和14年) 9月16日 東京高速鉄道と直通運転開始。新橋〜渋谷間を開業。
1940年(昭和15年) 8月13日 内務省が仲裁にあたり和解。相談役に退き、東京地下鉄道の経営から事実上撤退させられる。
1941年(昭和16年) 9月 1日 陸上交通事業調整法に基づく戦時統制により、東京高速鉄道・京浜地下鉄道と共に帝都高速度交通営団(営団地下鉄)に統合される。
1942年(昭和17年)11月29日 故郷山梨で心臓発作のため逝去。享年62歳。


○父・常富は御代咲村の村長、長兄・富平は山梨県会議員。
○映画『帝都物語』にも登場している。宍戸錠が演じた。
○生前、「東京中がクモの巣のように地下鉄で張り巡らされる日が来るだろう」と語っていた。
○シャープの創業者・早川徳次(はやかわとくじ)は別人。
○1941年(昭和16年)地下鉄新橋駅構内に「社長早川徳次像」の胸像が建立。1977年(昭和52年)地下鉄開通50周年に際し、現在地に移動。
○同じ胸像は地下鉄博物館にもある。
○胸像の台座の碑文は、墓所内墓誌碑裏面と同じである。
○墓所は多磨霊園。

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posted by ししゃも at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 石の偉い人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする